その後、昭和2年8月に県下を襲った暴風雨による橘橋の流失により、永久に利用できる橘橋についての取り組みが本格化されました。 そして、昭和7年4月に完成した橘橋は、全長358.5m、巾16.4m、(車道10.9m、歩道2.7m)の無こう式鉄筋コンクリート橋として、永久化を大いに考慮した頑丈な橋となりました。 それから、急激な道路交通の増加や市の都市化を迎えることにより、橘橋は昭和54年3月、全長389m、幅28mのPC箱型6径間連続けた橋として完成。 その後、永くにわたって住民に利用され続けています。 このように、長年に渡って人々が願いを込めてきた橘橋は、今や宮崎市のシンボルとして欠かすことの出来ないものとなりました。 橘橋は、先覚者・福島邦成をはじめとした、さまざまな人々の努力が結集された、夢と努力の結晶なのです。