=========================900text1011========================= ありみずさん 青島を南に下ったところに、パラグライダーの発着場になっている場所があるんですが、そこが僕のお気に入りです。海に向かって開けていて、景色がすごくきれいなので、一日眺めてぼーっと過ごすこともあります。 はやしさん 遠足でよく行った平和台公園は、特別な印象は持っていませんでしたが、留学生が落ち着けるいい場所と言ってくれて見直しました。8月に青島のこどものくにで行われる「みやざき青島国際ビールまつり」では企画をお手伝いしていて、外国からのお客さんも多く、友好に一役買っていると思います。 たのうえ副市長 青島は、地元の人や移住者などたくさんの人が関わって、一緒に盛り上げていこうという雰囲気がいいですね。それから「スナック文化」という新しいキーワードでにぎわいづくりを始めているニシタチは、私も学生時代からなじみがある場所で、これからが楽しみです。 かどまつさん ほりえ たかふみ さんがご自身の番組でニシタチの飲食店を食べ歩く様子を生放送していましたし、ニシタチはこれから注目したい場所です。でも、今の学生からすると知らない店が多過ぎて選べないので、誰かに連れて行ってほしいなと思います。 将来への課題が 暮らしの中に見える 宮崎市が「もっとこうなればいいのに」という点や、これからの宮崎市に望むことは何でしょう。 はやしさん 宮崎大学は市街地から遠くて、最寄りの木花駅から歩いて20分。バスの本数も少なくて最終バスも早いので不便です。 たさきさん 私も交通がもっと便利になるといいです。さどわらから宮崎公立大学までJRで通学していた頃は、みやざき駅で降りると学校までのバスは朝夕2本だけ。それ以外の時間は歩くしかないんです。 はらだ副市長 通学の足に加え、高齢者の足の確保は重要な課題です。免許を返納する人も増えていますが、高齢者が安心して使える移動手段があれば、ほかの世代も利用しやすいものになります。市でも地域の実情に合った交通のあり方を、バス会社などと検討しているところです。 かどまつさん 人口流出の話ですが、私の周りでも大学は県外へ行く、就職は県外へ行くという友達が多いです。私はそう思わないので、なぜ宮崎から出たいのか理由が知りたい。そういったアンケートは取っているのでしょうか。 はらだ副市長 ある程度の調査はしています。それによると「宮崎には仕事がなくて賃金も安い、東京や関西、福岡の方が仕事がたくさんあって賃金も高い」というイメージでしょうか。地元企業のPRや、宮崎の働きやすさを知ってもらうなど、宮崎での働き方に関する情報提供がもっと必要だと思います。 たのうえ副市長 昨年から市内全ての中学2年生を集めて、にじゅうど体験型進学就職イベント「ゆめパーク」を行っています。市内の企業や団体、学校のブースで仕事を体験したり、話を聞いたりするものです。市内にも企業がある、働き口があることを知ってもらい、やがて進路を選ぶ際の参考にしてほしいというのが狙いです。また、進路だけでなく、子どもを産み育てる環境も充実させて、住みやすいまちにしていきたいですね。 ありみずさん 私はボランティア活動で、東日本大震災、熊本地震の被災地支援に参加しました。宮崎公立大学には防災士の資格が取れる授業もあり、学生がそうした学びの中から防災や災害時の対応に関心を持っているので、地域の中で一緒に活動できるといいと思います。 はらだ副市長 若い力を、地域にぜひ生かしてください。私は外から来て一つ思うことがあるのですが、誰かが何か新しいことに取り組もうとするとき、一歩引いてしまう人が多いように感じます。いろんな意見があるのは当然で、もっと話し合いを持てば、理解し合えると思っています。働きかけの方法も大切ですね。 もっと伝わる広報紙 可能性は広がる 最後に、今後の広報紙のあり方についてお聞かせください。 たさきさん 料理のページは写真もきれいで好きです。おいしそうな地元の食材を使っていて、今度これを作ってみようとか、家族との会話のきっかけになります。 ありみずさん 若い世代がもう少し関心を持てる情報、例えば、ほかの情報誌やネットには出ていないような地元ならではの飲食店情報とかがあればいいですね。 はやしさん 私も身近な情報があれば見るかなと思います。私は情報を得るなら紙より電子媒体の方をよく使うので、スマホ版などもあるといいと思います。 かどまつさん 今の広報紙は、社会人に必要な情報だと思うので、これを学生とか全年代を対象にするのは難しいと思います。なので、将来自分が社会人になった時にきちんと役立つよう、今のスタイルでいいと思います。 はらだ副市長 広報紙での最優先事項は、市民の皆さんへのお知らせですが、よその人を呼び込む媒体にもなるといいと思っています。どんなものが良いのかまだ分かりませんが、さまざまな世代に興味を持ってもらえるような、魅力ある媒体を考えていきたいです。 たのうえ副市長 今日の対談が始まる前に学生の皆さんから聞きましたが、これまで広報紙をちゃんと読んだことがない人がほとんどでした。私自身も振り返るとそうでした。広報紙にどんな情報を載せるか、どんな見せ方をするか、まだまだ工夫ができますね。そして、時代を経て、紙のほかに電子媒体も普及してきました。皆さんと話をして、広報紙には、もっといろんな可能性があると思いました。 本日頂いた貴重なご意見を今後の広報紙作りに生かしていきたいと思います。どうもありがとうございました。 宮崎市略年表 市広報みやざき発行以降(昭和24年から) 1949年 昭和24年 宮崎市報(現在の市広報みやざき)創刊 1950年 昭和25年 人口が10万人を超える。 1959年 昭和34年 読売ジャイアンツが宮崎市の宮崎県営野球場でキャンプを開始。 1964年 昭和39年 東京オリンピックの聖火リレーで平和台公園が第2スタート地点となる。 1969年 昭和44年 人口が20万人を超える。 1979年 昭和54年 国民体育大会、全国障害者スポーツ大会開催 1981年 昭和56年 一ツ葉有料道路が全線開通。宮崎自動車道が全線開通。 1990年 平成2年 宮崎港開港、宮崎と大阪南港の間にフェリー就航。 1993年 平成5年 宮崎公立大学創設 1994年 平成6年 シーガイア全面開業 1995年 平成7年 宮崎県総合文化公園完成。人口が30万人を超える。宮崎県立美術館開館 1996年 平成8年 地方空港で初めて空港連絡鉄道のJR宮崎空港線が開業。 1998年 平成10年 中核市に指定される。 2000年 平成12年 九州・沖縄サミット宮崎外相会合開催 2001年 平成13年 宮崎県総合運動公園硬式野球場(サンマリンスタジアム宮崎)開場 2006年 平成18年 田野町、さどわら町、高岡町と合併。 2007年 平成19年 シーガイアのオーシャンドームが閉鎖。 2008年 平成20年 第22回青島太平洋マラソンからコースに宮崎市のメインストリートである橘通りが加わる。 2010年 平成22年 きよたけ町と合併。宮崎県内で口蹄疫が発生。人口が40万人を超える。 2014年 平成26年 宮崎市政90周年 2015年 平成27年 青島ビーチパーク開業   2016年 平成28年 東九州自動車道 北九州市と宮崎市の間が全線開通。アプリ「にじゅうど」リリース   2017年 平成29年 青島地域総合センター落成式 問い合わせ先 秘書課 電話21-1705 ファクス番号21-1909