清武郷について
清武郷は、江戸時代に日向国(現在の宮崎県)の飫肥藩(伊東氏)が地方支配のために置いた行政区画の一つです。
場所と構成、特色
●郷域(現在の所在地):
主に現在の宮崎市清武町・田野町、および宮崎市南部(赤江、本郷、木花、青島)にあたる地域で構成されていました。
●重要性:
飫肥藩の藩庁が置かれた飫肥城下(現在の日南市)に次ぐ要衝の地として位置づけられていました。
● 支配体制:
江戸時代には、飫肥藩の第二の拠点として、この地域を支配するための地頭所(じとうしょ)が清武町中野に置かれ、周辺には多くの武家屋敷が形成されていました。現在でも玉石垣が残り、当時の風情を伝えています。
● 教育・文化:
この清武郷は、幕末の儒学者である安井息軒(やすい そっけん)の出身地であり、教育・学問の拠点としても知られています。息軒の生家は現在、国の史跡「安井息軒旧宅」として保存されています。
先人廟について

先人廟は、飫肥藩清武郷の発展に大きな功績を残した人々を合祀(ごうし)している場所です。
概要
● 所在地・構造:
● 建立の経緯:
昭和25年(1950年)に清武町が町制を施行した年に安井息軒旧宅内に建立されました。その後、平成6年(1994年)に安井息軒旧宅の史跡整備事業に伴い、先人廟をきよたけ歴史館(現:安井息軒記念館)の隣接地に新築移転しました。
● 目的:
飫肥藩清武郷に関わる人で、学問、政治、農業、福祉などの分野で地域社会に多大な貢献をした先人たちの功績を称え、その遺徳を偲ぶことを目的としています。
● 合祀者:
当初は、安井息軒など約30名が合祀されましたが、その後も追加が行われ、現在では54名の先人が祀られています。
合祀者
先人廟には、清武の歴史を語る上で欠かせない多くの人物が祀られています。
【主な人物】
● 安井 息軒(やすい そっけん):
江戸時代末期の日本を代表する儒学者。清武郷上中野の出身で、幕府の儒官を務め、私塾「三計塾」でも多くの俊英を育てました。
● 安井 滄州(やすい そうしゅう):
息軒の父であり、清武郷の郷校「明教堂」の設置に携わり、飫肥藩校「振徳堂」の総裁を務めた儒学者です。
● 川越 進(かわごえ すすむ):
飫肥藩士で、明治時代に宮崎県の再置(現在の宮崎県が再び設置されること)に尽力した人物です。息軒の孫弟子にあたります。
*安井息軒記念館「2階展望室」内に先人紹介プレートを設置しています。こちらでも先人の功績を知ることができます。
安井息軒記念館ホームページへ/culture/facilities/12634.html
清武郷先人祭について
概要と目的
安井息軒の命日である毎年9月23日(秋分の日)に、清武郷先人祭がこの先人廟の前で開催されます。第1回は昭和26年に開催されました。
式典では、合祀された方々の遺族や関係者が参列し、先人の功績を偲び献花を行います。先人祭を通じて、地域の歴史と先人の遺徳を後世に語り継いでいきます。

